特別番組のお知らせ
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SAMURAI SPIRIT ~ 空手
2011年5月8日(日曜)
10:10~ / 14:10~ 
18:10~ / 22:10~

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範士十段インタービュー
師匠の心に近づくこと、ウオルター・マットソン先生

1939年生まれのウオルター・マットソン先生は、二十歳の頃、米国駐在海兵隊の時に少林流と出会い、1960年に故郷ボストンのジョージ・マットソン先生の道場に入門し上地流を始めた。1970年の初訪沖以降、上地完英先生をはじめ高弟の面々と直接技術交流を深め始めた。

武術の基礎は、先輩後輩の関係であるとマットソン先生は信じる。ほぼ毎年沖縄を訪れる氏の目的は、「身体面、型の癖をなくすことを高良信徳先生に願い、そして私の隠れ家、沖縄で多くの友人と交流を深めつつ、良き人生を思案すること」にある。

どの芸術でも、師は弟子に稽古法を教えることしかできない。弟子が稽古すれば、芸術を作り出すことができる。「上地先生と高良先生は、稽古法を教え、指導することができますが、那覇に行くのに様々な道があるように、空手の稽古法も様々ある。 すべての人に正しい道がある。ただし、三戦や小手鍛えは必須です。故稲田弘先生が言った通り“餅をこねるように、毎日体を鍛え、より高い可能性に達することが空手の道”」。 道場での雰囲気は競争より協力に重心を置くことによって、昨日の限界を乗り越えられると語る氏にとって、空手とは、玉ねぎをむくように、一皮ずつ人間性を究めていくことに他ならない。

「1973年2回目の訪沖の際、私の祖父に会いに行くような感覚をもった。上地完英先生の様に、出会った多くの大家は心地よく自信に満ちており、自然と強い印象を受ける」。多くの指導者は技術の面で熟達した武術家であるなか、氏の師匠である高良信徳先生、顧問の仲程力先生、友人で精神面助言者の仲松建先生は、「道徳と心」を優先すると氏は言う。「今も、完英先生や信徳先生の技を研究することは、単なる突きと受を学ぶことではなく、両師の人間性を研究し、彼らのような人間に近づくことが最も大切」とマットソン先生は信じている。

(取材:2015年6月3日、沖縄市にて)
初心に返ること忘れず、上原武信先生

1948年から、父である上地流の大家上原三郎先生に師事した上原武信先生は、2013年、沖縄県指定無形文化財保持者に認定された。 84歳になった現在の心境について伺ったところ、初心を忘れずの気概、空手道を真摯に語った。

「昔は空手を喧嘩道具とみなす有識者もいたが、今は空手の奥に存在する心、技、体が合一する武術であるという認識に変わっている。上地流では、基本中の基本とされるサンチン型にそれを見ることができる。精神修行を第一とする空手には思想信条に関係なく皆平等の考えがある」と上原先生は述べる。

「各流派にはそれぞれの歴史に培われてきた伝統空手の型がある。それぞれの流派にも、属するそれぞれの会派の独自の個性で伝統型に微妙な違いはあるが、基本を逸脱しない限りは許容範囲内として容認している。競技空手の型のような派手さはないが、伝統空手には重厚美がある。それを大事に保存継承すべき責任があると考えている」と技を見せながら説明する上原先生。

これからの活動を尋ねると、「保持者となったことは大きな責任。次世代への指導を続けるのはもちろんのことだが、保持者の立場から空手界全体を支えたい。大先輩で保持者の友寄隆宏先生から学び、空手界の更なる発展に貢献できればと思います。例えば、流派連絡会のような仕組みは必要だと思う。そうすることによって、本当の空手が見えてくると思います。課題は色々ありますが、初心に返って私もできることに努めたい」と静かに語った。

談話中よく出てきた『初心に返る』という言葉。論理だけではなく、背中で教える上原先生は毎日268文字の般若心経を写経し続けて30数年になる。 目標の三千巻の達成は近い。「私にしてみれば、無の心を教えてくれる写経と空手は同じ。心の平安を保つ修行です」。正に初志貫徹だ。

(取材:那覇市小禄・2014年3月20日)
沖縄人の持つ仕草を守る、伊波清吉先生

「『勝たず・負けず』をモットーに、空手において力より交流がすべてである」。こう話すのは、城間真繁先生に師事した伊波清吉先生。今年82歳になる小林流範士十段の伊波先生は、今も在住する米国ミシガン並びに世界各地で空手の技と心の継承発展に尽力している。

「協力し合って、共に空手のレベル向上が大事です」。だから力の強いものを育てるのではなく、その人の持ち味を活かし友情を大切にし、生涯武道の道を選ぶことが空手の目的と語る。「友達をつくりたいのなら、敵をつくる時間はありません」。まさに、世界平和に繋がる武の道。

40年あまり海外に住む伊波先生に空手普及について尋ねると、「指導者は相手との信頼関係を深め大切にし、その中で理にかなった動作を認めることが重要」と答える。いわゆる、指導者からグループへの伝授、グループから指導者への伝授のこと。

沖縄での空手のことを尋ねると、「最近、スポーツに走りすぎている気がする。型の動作は突き、蹴り、受け、体さばき等、ウァバーディーがなく一拳動一拳動を的確に心身を打ち込んでやることが大切である。また、目、手の握り方、武の精神、空手においての『くくち』等も守らなければなりません。くくちとは総合的に相応しい動作であること。それを決めるのは、タイミング、衝撃とバランスです。また、本来の空手には軸のように腰の運びも重要な点であり、自然動作を生み出すための探求と工夫が必要不可欠」。

どんな人とでも手を合わせ技を説明する伊波先生は、先人の教えを受け継ぎ『和』を基調として、宮平勝哉先生の名言「共存共栄」に『研究』を加え、根源の沖縄空手の道を追求し指導を続けている。混沌とした時代の中で、多くの空手家にとって師は、灯台のような存在である。

(*)うちなー口でオーバーモーションのことを表す。
(取材:西原町・2013年10月29日)
「今日が最後」という考えで生きる、安田哲之助先生

街で見かければ、安田哲之助氏は昔ながらの紳士を思わせます。戦後沖縄で、アメリカ空軍基地に派遣された後、不動産会社・安田住宅(株)を立ち上げ現在に至ります。 一見したところでは分かりませんが、安田社長の人生を支えたのは、空手とヨーガでした。

1926年生まれの安田先生は、剛柔流開祖宮城長順の直弟子である宮里栄一先生に師事しました。 「私が剛柔流を選んだのは、三戦と転掌という呼吸の形があったからです。それは、ヨーガで呼吸を学んだ故である」と説明します。

大学で心理学に出会った安田先生は、厳しい空手の鍛錬と武士道の考えをいつも両輪のように身に付け人生を歩んできました。 「地道に自分に向かうことが重要です。残念ながら、現在の多くの空手家の場合、目が外に向いています。だから現在の武道を観るとき、 武道の道から外れていると思うことがあります。本来のは、自分を創るという意識で空手をやっていけば、生きがいが出てくるものです」と信念を述べる安田先生。 「また人は、特攻隊の原理のように、今日が最後と思って生きるべき。このコンセプトは、人生でも、空手においても忘れてはいけません」。

空手で一番大事なものはなにかという質問に、「丹田の強化と基礎鍛錬。動物が出来るのに、人間が出来ないのはありえない」と率直に語ってくれました。順道館総本部の最高顧問で87歳の安田先生は、理論ばかりではなく現在も、20キロのバーベルを頭の後ろに持ち、三十回超の腹筋運動を行います。それが終わると、また健康な笑顔で、指導を続けるのです。

(取材:浦添市・2012年10月22日)
年上を敬うことこそ空手の心、宮城實先生

「19歳まで空手無関心だった私は、読谷高校の同級伊禮正樹氏の誘いで実家近くにあった嘉手納道場に連れられ、新城清優先生の弟子になった」。語るのは、沖縄上地流唐手道保存会の会長で、昨年12月に範士十段になった宮城實先生(70歳)。

「50年前と今の空手は変わってきました」。昔は全力で型を繰り返して、分解をもとに細かい指導を受けていたが、現在は、スピードと美しさが優良になってきた。「目的が変わってきたことと型が崩れていくのは悲しい」と宮城先生。

試合をやっていたのかと聞くと、「勿論だが、型を鍛錬すれば、試合は必要ない」。空手、特に上地流は、美しさより自分の体と心の鍛錬を重要とする。自分の痛さが分かってくると、人の痛さも分かる。そうすることによって手が出せなくなる。強い精神と体を築くと、攻撃の際、受けるだけでも自然と相手を痛める。それが、試合の必要ない空手だ。新城清優先生はよく『勝負は一生一度』と繰り返し言っていた。いわゆる手を使わない心。それが『武』と『スポーツ』の違い。

最後に伝統とは何かと聞くと、「型はそのまま受け継ぎながら、自分の技は自分でつくる。先生が1を教えるならば、9を研究せよ」。そして、空手に重要なのは頭や学問ではなく、技術の研究。それに『目上を敬う心』と『威張らない心』という理念を守り伝えていけば、正しい伝統空手が継承されていくと信じている。

(取材:読谷村字高志保道場・2011年5月14日)
守礼堂 神風
チャンプ
沖縄尚学高等学校・付属中学校
Miikagan
Iroha
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